About Seishoji
静照寺について
応永十五年(1408年)開山。朝霧たちこめる山あいで、六百年あまり祈りを続けてきた曹洞宗の寺院です。
History
山霧の地に、六百年。
静照寺は、応永十五年(1408年)、曹洞宗の高僧・月渓守心大和尚によって開かれました。
山に立ちこめる朝霧と、霧の晴れ間に差す静かな光。開山さまはこの地の風光に深く心を留め、山号を「龍雲山」、寺号を「静照寺」と名づけたと伝えられています。
以来六百年あまり、火災や時代の波を地域の人々とともに乗り越え、祈りの灯を絶やすことなく今日に至ります。江戸期に再建された本堂と山門は、いまも当時の木組みのまま、朝の勤行の声を受けとめています。
Soto Zen
曹洞宗の寺院として
曹洞宗は、お釈迦さまを本尊と仰ぎ、高祖道元禅師・太祖瑩山禅師を両祖と仰ぐ禅の宗門です。
鎌倉時代、道元禅師が正伝の仏法を中国から日本へ伝え、瑩山禅師がその教えを広く人々へ開かれました。教えの要は「只管打坐(しかんたざ)」——ただひたすらに坐ること。坐禅は何かを得るための修行ではなく、坐るその姿がそのまま仏のすがたであると説きます。
当山はこの教えのもと、大本山永平寺(福井県)・大本山總持寺(横浜市)を両大本山と仰ぐ曹洞宗の寺院として、朝の坐禅と日々のご供養をお勤めしています。ご本尊は釈迦牟尼仏。お唱えする言葉は「南無釈迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)」です。
ご本尊
釈迦牟尼仏
両祖
道元禅師・瑩山禅師
両大本山
永平寺・總持寺
Precincts
境内のご案内
本堂、山門、鐘楼、枯山水の庭、永代供養塔「静の杜」。それぞれの場所に、祈りの時間が流れています。
本堂ほんどう
寛永三年再建。本尊・釈迦牟尼仏を祀る静照寺の中心です。朝の勤行、坐禅会、ご法事はこの本堂で営まれます。欅の太い柱と漆喰の白壁が、四百年の祈りを今に伝えます。
山門さんもん
元禄八年建立の総欅造り。くぐる者の心を俗世から切り替える、寺の結界です。朝霧の中に立つ姿は当山随一の景観として親しまれています。
鐘楼しょうろう
毎朝6時、開静の鐘が山霧の里に響きます。大晦日の除夜の鐘は、どなたでも撞いていただけます。
枯山水庭園かれさんすいていえん
白砂に石を配した方丈前の庭。波紋は水を、石は山を表します。客殿からゆっくりと眺めることができ、写経会のあとの茶礼の席からの眺めは格別です。
永代供養塔「静の杜」しずのもり
境内の最も静かな北の杜にある永代供養塔。苔の庭に包まれ、朝には木漏れ日が差し込みます。宗派を問わず、すべての方に開かれた祈りの場です。
境内墓地けいだいぼち
本堂の裏手、杉木立に守られた墓域です。日々の勤行とともに、住職が毎朝見回りを欠かしません。
Chronicle
静照寺 年表
六百年の歩みを、地域の人々とともに。
室町応永十五年(1408)
開山
曹洞宗の高僧・月渓守心大和尚が、山霧の地に庵を結んだことに始まります。山に立ちこめる朝霧と静かな光に因み、山号を龍雲山、寺号を静照寺と号しました。
江戸寛永三年(1626)
本堂再建
火災により伽藍を焼失するも、地域の人々の浄財により本堂を再建。以来四百年、当時の木組みが今も本堂を支えています。
江戸元禄八年(1695)
山門・鐘楼の建立
総欅造りの山門と鐘楼が建立されました。山門の扁額「龍雲山」は当時の藩主の筆と伝えられています。
明治明治六年(1873)
寺子屋の開設
境内に寺子屋を開き、地域の子どもたちに読み書きを教えました。「学びの寺」としての歩みは、現在の坐禅会・写経会に受け継がれています。
昭和昭和五十六年(1981)
庫裏・客殿の改築
老朽化した庫裏を改築し、法事や地域の集いに使える客殿を整備しました。
令和令和三年(2021)
永代供養塔「静の杜」建立
お墓の承継に悩む方々の声に応え、永代供養塔と樹木葬の庭を整備。宗派を問わず、すべての方に開かれた祈りの場としています。
Priest
住職のご紹介
第二十六世住職 柏木 泰雲
大本山總持寺での修行を経て、平成二十年より静照寺第二十六世住職。「難しいことを、難しいまま語らない」を信条に、坐禅会や法話会では、禅の教えを日々の暮らしのことばで語り続けています。
「お寺は、敷居の高い場所ではありません。うれしい日も、悲しい日も、どちらでもない日も。お墓参りのついでで構いませんから、どうぞ本堂にお立ち寄りください。お茶を一杯差し上げます。」
Contact
静照寺へ、お参りください
拝観のご予約は不要です。坐禅会・写経会への参加、ご供養のご相談など、どうぞお気軽にご連絡ください。
〒300-0000 茨城県常陸野市山霧町1188 /交通のご案内